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進撃の巨人
 
vol.08 リヴァイ&ピュレ
 
空から落ちる雨粒が、ひとときの会話を紡ぐ。今日もどこかの空の下、《雨》が繋いだ小さな絆の物語を、ふたたび。

 夕暮れの街が、突然の雨に見舞われた。
 部下たちに調整日を与え、自らも午後を空けて雑貨屋で買い物をしていたリヴァイは、支払いをしてしまってからその夕立に気づき、急いで帰るか、通り過ぎるのを待つかと立ち止まる。
「調査兵団の英雄さんが雨宿りをしてくれるんなら、うちの宣伝にもなるってもんで」
 私服を雨で汚したくない、と迷っている短いあいだに、店主がどこからか小さな椅子を持ってくる。店の入口近くの窓際にそれを置かれて、リヴァイは半ば無理やりに座らされた。
「おや……やはり、リヴァイ兵士長ですか!」
 ややあって、その「宣伝」効果あってか、扉が開いた。
 聞いたことのある声だ、と顔を上げると、ここのところ調査兵につきっきりの記者、ベルク社のピュレだった。
 取材の応対は主に、エルヴィンやハンジが行っている。
 リヴァイはこの記者の若い好奇心が嫌いではなかったが、何でもないことまであれこれ詮索されるのには少々辟易している。
 そう思ったそばから、ピュレはさっそく、リヴァイが買い物を済ませて持っていた手荷物に目をつけた。
「備品の買出しを、兵士長自らがなされていたのですか?」
「イヤ……これはただの趣味だ。人生を豊かにするのは趣味だっていうだろ」
「人生を
 ペンを取り出して言葉を書きつけようとするのをやめさせようとしたところ、ピュレのほうからはっと手帳を閉じ、心底残念そうに言った。
「……インクが切れてるんだった」
「……それでこの雨のなか、買い物か」
 うるさく字を書く音をさせないだけで、この記者は社交的な好青年に見える。いつもこうなら印象も変わるのに、と、リヴァイは思った。
 外を見ると、もう少し足止めすれば、メモをさせずにここから立ち去り、彼の追跡を撒けそうだった。

「……中央憲兵や貴族からの流れの品で、奴らが隠してたいい茶が入ったんだ。標高が高い場所では香りのいい茶葉が育つ……この壁の中は、真ん中に行くほど標高が高いのは知ってんだろ? それで……市場を独占してた貴族の領地にそういう茶を作る畑があった。よく肥えた土地だってのに……腹をすかした領民を食わせるための食料を作らねえで、茶を栽培してたのがわかって……」
「……あの、兵士長、お話がとても興味深いので」
 ピュレは落ち着かなさげに雑貨屋の奥を見ている。普段、記者相手には長話をしないリヴァイが話す内容を、書きとめたくてたまらないのだろう。
 わかっていて、リヴァイはそうしている。
「その茶畑は潰して、市民のための食料を作ることになってる……ってのは、この間お前たちが記事にしたんだったな。……つまりこれは、今しか手に入らない」
 実のところ、こうした希少な茶葉が複数種類も入荷したというので、じっくり吟味していたのが、夕立に降られてしまうほどの長居をしてしまった原因なのである。
 いまや英雄となった調査兵団のことなら何でも記事にして広めたがるピュレには悪いが、雨が過ぎるまでこの調子で煙に巻き、作戦や個人的なことについての質問はさせない気でいた。

 そうこうするうちに、雨が上がった。
 リヴァイがなんとか難を逃れた、と、店を出ようとすると、背後で買い物をする記者の声がした。
「万年筆用のインクと鉛筆を一箱ずつ。領収書はベルク社で。それと
リヴァイ兵士長はどの茶葉をお買い上げに?」
「おい……お前」
 思わず振り返ると、ピュレは手帳を開き、いま買ったばかりの鉛筆で茶葉の産地を書きつけ、さらに試供品まで手に入れたところだった。
「これは兵士長への取材ではありませんよ。あくまでお店への取材です。うちは社会記事が多いのですが、最近は読者層も広がってきましたので、文化欄のネタにでもしようかと」
 どのみち、この雑貨屋は「英雄が買った茶」などと宣伝をする気だ。それに新聞のほうから乗れば、とくにリヴァイに取材はしなくてもいいことになる。
 うまくいなしたつもりだったが、リヴァイが戦闘に長けているのと同様に、記者も記事を書く専門家なのである。
「……そうか」
 けろりとした顔のピュレに背を向けて、リヴァイは帰ってゆっくり茶を楽しむことを心に決め、それに集中することにした。
 雨はすでにやみ、乾きかけた石畳が低い月の光を反射していた。
(了)
「雨宿りの情景~reprise~」は今回で最終回。ご愛読ありがとうございました。
しばしのお休みの後、新しい連載が開始となります。
どうぞお楽しみに!

エレン&マルロ
 

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