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vol.14 リヴァイ
2017.06.15 Updated.
 つねに泥臭い調査兵団の施設に、場違いな甘い香りがただよっていた。
 主だった幹部を呼んだ会議の場で、テーブルの上に色あざやかな焼き菓子が山積みになっているのを見るや、リヴァイは吐き捨てた。
「何だこの、ふざけた菓子の山は」
「そう言ってくれるな。俺も扱いに困っていたところだ」
 この日、エルヴィンらが支援を取り付けに行った、果樹園の経営者。その富豪の妻が趣味で菓子を作っており、遠慮するのも聞かずに大量の土産を持たせてきたのだ、という。
「金品のようにあからさまな賄賂ならともかく、素朴な労いだからな……断りきれなかった」
 砂糖も乳製品も貴重なこの壁の中、菓子はたしかに差し入れにふさわしい嗜好品ではあった
が、それゆえに貧乏所帯の調査兵には慣れぬものであり、どうしたものかと皆が頭をひねっていた。

 苦笑するエルヴィン、煮込んだ果実の芳香に酸っぱい顔をしているミケ、物珍しそうに覗き込みつつも、持て余した様子の副官たち。
「余らせても勿体ないからなあ。こういうのって日持ちしないんだよ」
 ただの砂糖漬けなら、日持ちするから調査のときの糧食の足しになるのに、とハンジがぼやくと、冷静に数を数えていたナナバが口を開いた。
「私たちで独占する理由はないし、それぞれの隊に持ち帰って、部下に分けるのはどうだろう? 心も痛まないし、胸焼けもしない」
 菓子は丸くてもろい大きな生地に、煮込んだ果実が詰まったものがゆうに十個以上。調査兵の人数は多くない。切り分ければ一口ずつは行き渡るだろう。
「それじゃリヴァイは、エルドやペトラに持っていってあげなよ。上官らしいところを見せる、いい機会じゃないか」
「余計な世話だ、クソメガネ」
 悪態をついたものの、ハンジの言葉はもっともだった。
 正規ルートで兵団に入ったわけではないリヴァイは、彼の下で動く兵士たちに、「上官」らしい甲斐性を見せることが少ないからだ。

 部下たちは、リヴァイの持ち帰った包みに色めきたった。予想外の好反応だ。
「これは……どうしたんです、珍しい」
「……俺が買ってきたわけじゃない。エルヴィンたちが金持ちから押しつけられたんだ」
 事情を話し、皆で分けるよう伝えると、ペトラが目を輝かせて身を乗り出した。
「あ! 兵長、せっかくだから、お茶をいれるのはどうですか?」
「はしゃぐなよ、ペトラ」
「だってこんな機会、めったにないんだから! それよりオルオ、あんたが切るとガタガタなんだから、エルドにやってもらってよ」
 兵士は訓練時代から粗食で過ごすというのは本当らしい。リヴァイが地下街で暮らしていた時分に出会った兵士は憲兵ばかりだったので、贅沢品で肥え太っているイメージしかなかった。
 同じ兵士だというのに、甘いものひとつでこんなにも和やかな空気になるのがどこか滑稽でもあり、しかし好ましくもあった。
「好きにしろ。いや、そうだな……俺の部屋の棚に黒い缶がある。支給品のまずい茶よりマシなはずだ」
 その言葉を気遣いだと受け取った部下たちは、驚きの目でリヴァイを見た。彼が戦いを離れたところで、優しさのようなものを見せたのが、初めてだったのかもしれない。

 
時が経った。
 あのとき菓子を受け取った部下たち、分け合った幹部たち、多くが犠牲となり、それを礎として、壁の中の社会と、それを取り巻く状況が変わった。
 街の市場が活気づいている。少しずつ物資が増えているのだ。
 多くを失い、やるべきことの増えたリヴァイが足早にそこをすり抜けていると、不意に甘い匂いが横切る。見れば、屋台で果実を使った菓子が並んでいた。日々の食事だけでなく、嗜好品を売る余裕もできたということだ。
「調査兵の兄さん! 家族への土産に、菓子でもどうだい!」
 家族などいない、と無視しようと思ったそのとき、身近な者の顔が浮かんだ。
 根を詰めている新団長。死地を生き延びた罪の意識に耐えながら、世界の謎を読み解き、次なる作戦に備える少年たち。
 彼らに、あのとき部下が浮かべたような和んだ笑顔は、もはや望めないだろう。それでも
「……包んでくれ」
 少しだけ、興味がわいた。
 リヴァイのことを、年中仏頂面しかしていないと思っている連中だ。菓子など持って帰って、その上紅茶も出してやったら、どんな顔をするだろう。
 包まれた菓子は焼き立てで、掌にあたたかな熱が広がった。
[了]

ヒストリア・レイス
アニ・レオンハート

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