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vol.19「リヴァイの署名」
2016.09.29 Updated.
「今回の調査報告書を書きました。あとは責任者の欄に、サインだけお願いします」
「……ああ」
 ペトラの差し出した書類を受け取ると、リヴァイはそこに手早く署名した。
 返された紙を上に届けにいこうと踵を返しかけ、ふと彼女はその書類に視線を落とす。見慣れた上官の文字だ。
「いつも、思っていたんですけど……字、きれいですよね」
「地下街の出だから、読み書きなんざできねえとでも思ったか?」
「い、いえ、そんなことは!」
 その言葉には特に出自をどうこう言う意図はなく、純粋な感想だと、リヴァイにもわかっているのだろうが、生来の口の悪さが出てしまったのか、執務室は気まずい雰囲気になる。
 ペトラは書類を持って、そそくさと部屋をあとにした。

「それは、災難だったな」
 ペトラが届けた書類を受け取ったエルヴィンは、彼女が決まり悪げにしているのを見抜き、そのいきさつを聞くと、ふっと笑ってねぎらいの言葉をかけた。
「あの……几帳面なのは、昔から?」
 安堵したペトラが何気なく尋ねると、そうだな、と、彼は書類に目を通しながら言った。
「リヴァイは確かに、通常の街で育った人間ほどの教育を受けてはいない。しかし、人がどこを見て他人を判断するのか、そういった処世術に関していえば、我々よりずっとすぐれた知見を持っていた。そうだな、ハンジ」
 たまたま団長室に来ていた第四分隊の長、ハンジは、話を振られて頷く。
「ああ、そういえば、リヴァイに兵士長って階級をつけるとき、そういう話をしたかもね」

 それは、正規の訓練を受けていない身ながら、実力が抜きん出ているリヴァイに、彼をサポートする部下を与え、兵団内での地位を確たるものにしようという話題になったころのことだった。
『オイ、お前らのなかで一番、字が上手いのは誰だ』
 話を受けてすぐ、当時の同僚……エルヴィンやミケ、ハンジといった実力者に、リヴァイは尋ねたという。
『そんなことを聞いてどうする?』
『俺は兵士長とやらになると、お前たちが決めたんだろうが。『長』というからには、お堅い紙切れに何か書くこともあるんだろう』
 はじめ、ハンジたちに彼の意図はわからなかった。地下街の出身とはいえ、彼の識字能力が、任務に支障をきたすほど低いとは思えなかったからだ。
『読み書きは私たちと同じくらいにできるんだろ? 副官もつけるんだし、任せたらいいじゃないか』
『ガキの頃から兵士になった連中なら、てめえみたいに薄汚ねえ格好をしててもナメられないんだろうがな、クソメガネ』
 と、ハンジをひとこと罵ってから、彼はこう付け加えたという。
『……兵士ってのは集団で動くんだろ? その上に立つ人間に、少しでも信用ならねえところがあったら、機能しないんじゃないのか?』

「……それで、元々できていた読み書きを、もう一度やりなおされたんですか?」
「ああ、そのときは私たちの字なんて汚すぎるとか言って、いつの間にか新聞の活字みたいな字を書くようになってたね!」
 からりと笑ったハンジに続いて、エルヴィンも懐かしそうにそのころを振り返る。
「今ではハンジの報告書のほうが解読不能だな。文字だけではない。身だしなみ、姿勢、話し方……そうした外面だけを見て、他人のことを決めつける、人間という生き物の本質を、あいつは知っているんだ」
「人間の本質……ですか」
 ペトラは改めて、机の上の書類を見た。
【上、確認済 リヴァイ】
 まるで新聞に刷られた活版印刷のように整然と整った文字列に、上官の人生観が現れているように見えて、彼女はいっそう身を引き締めるのだった。
[了]

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