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進撃の巨人

Vol.04 壁内犯罪事情(後編)
2015.05.28 Updated.
 旧調査兵団本部、現在はエレンと彼を監視するリヴァイ班の拠点となっている古城の掃除を終えた朝、一同は紅茶を手に、テーブルを囲んでいた。
「……あの、今朝の人攫いの話ですけど」
「売られたあと、どうなるか……だっけか。大体想像はつくが、ウォール・マリアを放棄した後は、人身売買は減ったらしいから……そういえば、俺たちもよく知らないな」
 先だって、ハンジがスリに遭った事件をたどり、人身売買までも行う犯罪組織の摘発に至ったという話題。幼いころにそうした人身売買のため攫われそうになっていたミカサを助けたことのあるエレンは、もしもあのとき彼女を救えなかったら、ということを気にしていた……
「よく聞こえなかったんですけど、あのときはミカサを都で売るとか何とか、犯人が話してました」
 このことで雑談をしていた彼らを、後で詳しく教えてやると朝の掃除に駆り出したリヴァイが、カップを手に口を挟む。
「そうだ。壁が破られる前は、趣味の悪い金持ちが、人間……お前のなじみみたいな『東洋人』だの、珍しい髪や目の色をした連中だの、そういう人間を金で買う闇市場があった」
 身震いをして、ペトラが顔をしかめる。
「人間をお金で売り買いするなんて……ひどい」
「ああ、そうだな。都の地下街にはそういう人買いや、金持ちから逃げてきたヤツらも身を潜めていたが……人間らしい扱いは受けてなかったんだろう、どいつもこいつも酷い目をしていやがった。エレン、お前のなじみも、お前が助けていなけりゃ……今ごろ金持ちの慰みものだったかもしれん。綺麗な服を着せられて、人形みたいに遊ばれてな」
「ミカサが……」
 エレンも青ざめ、歯を食いしばる。そんな後輩の表情に、エルドがふと首をかしげた。
「兵長、現在の状況はどうなんですか? 家畜同然の扱いだったとしても、養うのには食料や、着せる服を買う金が要りますよね? ウォール・マリアを破られた今では、当時の金持ちでも、余裕がなくなった者もいるのでは」
「売られた連中のうち、養いきれなくなったヤツらは、4年前の壁奪還作戦……あのじいさんの言葉を借りれば、『口減らし』に放り出されたって話だ。胸糞の悪い話だが……支援者の金持ち連中の話を聞く限りは、本当らしい」
「……ひどい話ですね」
 グンタの重苦しい感想を最後に、この話題はひとまず終わりとなった……

 行軍訓練、一日では済ませきれない箇所の掃除、エレンの巨人化能力実験と、その日も慌ただしく過ぎていった。
 やっと落ち着いたのは、また一同で夕食のテーブルを囲んだときだ。この日は実験をともにしていた、ハンジの班も一緒に食事をとっていた。
「そういえば、この間のスリ捕縛の件で、モブリットに憲兵から礼状が届いてたよ。犯罪組織の摘発に協力感謝、だってさ。どうも組織の元締は都の地下街にいるみたいで、これからまた大規模な捜査がされるみたいだけど、あとは向こう任せだね」
 いずれにせよ、壁内の治安に関しては憲兵や駐屯兵の担当で、調査兵にできることはあまりない。上官から無造作に渡された封書をポケットにしまいながら、ハンジの副官は静かに頷くだけだった。
「捜査か……都の憲兵様が、どれだけ真面目にやるのか見ものだな」
「貴族の皆さんのご機嫌を損なわない程度にうまくやってくれるんじゃない? そういうことだけが取り柄なんだから」
 リヴァイとハンジの軽口に、エレンが疑問を挟む。
「犯罪者と貴族って、関係があるんですか……?」
「ああ、訓練では上っ面しか習わないか……そうだね、ないと言えばウソになるよ」
「闇商品の運び屋に、商売敵の暗殺……犯罪者を利用してる金持ちは多い。プロだから足がつきにくいし、万一そいつが捕まっても、知らぬ存ぜぬを決め込んだらいいだけだからな。生真面目な兵士が大本を突き止めてみたら、兵団に金を出してる支援者様でした、なんてことは珍しくない」
「そんな! そういう連中をのさばらせて……いいんですか」
 今にも立ち上がりそうに声を荒らげた若い兵士、エレンをなだめるように、ペトラがため息をついた。
「気持ちはわかるよ、エレン。でも、汚れたお金でも、私たちには活動費が必要なの。今の調査兵団には、単独で任務を遂行できるほどの予算は割いて貰えないから……」
 先輩になだめられ、エレンは口を閉じる。彼の唯一絶対といっていい目標の『巨人を殺す』ことにも金は必要で、それを苦労して調達してきているのは目の前にいるリヴァイやハンジら、兵団上層部だと、少年なりに理解していたからだった。

「……今日はエレンに妙なことを吹き込みすぎたか、俺は?」
 少年が就寝し、部下たちが交代で見張りについたころ、自分たちの宿舎に戻ろうとするハンジたちを見送りながら、リヴァイは呟いた。
「いずれ知ることになるんなら、いつ知っても同じことじゃないか」
 飄々としたハンジの態度に、リヴァイは舌打ちをする。本気の苛立ちというよりは、聞いた自分がバカだった、という様子だ。
「……あいつが偉くなるころには、兵士が貴族に頭なんぞ下げなくていい時代になってりゃいいがな。あの反抗心の塊みたいなクソガキには不可能だ」
「確かに、リヴァイもエルヴィンやミケのフォローがなかったら、貴族に挨拶回りなんかできないもんね」
「巨人の魅力を長々と語り出すクソメガネにだけは言われたくねえな」
 む、と反論しかけたハンジとリヴァイとの間に入り、モブリットが軽く敬礼をする。
「分隊長、行きましょう。馬の支度が整いました」
「わかった。それじゃあまた明日、よろしく頼むよ」
 馬にまたがったハンジは、リヴァイに声をかけて去る。
「新人に現実を教えるのも、上官の立派な仕事じゃないかな! リヴァイは間違ってないと思うよ!」
 遠ざかるたいまつの灯をぼんやりと眺め、「人類最強」の男はふっと息をついた。
「現実か。巨人がいるだけでウンザリする世の中だってのに……難儀なもんだ」
 そして彼は踵を返し、重たい扉を閉じるのだった。
[了]

Vol.03 壁内犯罪事情(前編)
Vol.05 兵士と市民の身だしなみ(前編)

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